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森永ミルクキャラメルの思い出

2009
05/01
*Fri*
ちょっと前のことだが、日本から到着したばかりのお客さんに
“懐かしいお菓子の詰め合わせ”を貰った。
その中には、アポロチョコや10円ガム、不二家チョコ、それに森永ミルクキャラメルが入っていた。

“走馬灯” という言葉があるが、森永ミルクキャラメルのパッケージは
僕を瞬時に何十年も前の世界に、それこそ走馬灯のごとく戻してくれた。



まだ小学生だった頃、我が家は毎年、お盆の時期になると
父方の田舎に帰省するのが、恒例の夏休み行事だった。

父の田舎は、兵庫県の山村にある農家で、そこにたどりつくまで、
いつも「果てしなく遠い。」という印象に残っている。

確かパブリカという車種で、エアコンのない小さな車に家族5人がぎゅうぎゅう詰めに
なっていくので、恐ろしく暑かった。おまけに僕も弟もひどく車に弱く、まだ高速道路もなく、
山間の道を進むので、カーブが続くと、何度も車を車道に止めて休憩していたように思う。
きっとそのせいで、何時間もかかったのだろう。

祖父母の家に着く頃には、むせ返るような暑さも終わり、そろそろ夕陽が傾き始める頃だった。
田んぼに囲まれたその家は、夜になるとウシガエルの鳴き声につつまれた。
目覚めると、肌寒いくらいの空気と山鳩の声、そして青々とした水田が、田舎にやってきたことを実感させてくれた。

この田舎に帰るたびに、僕たち兄弟になぜか森永ミルクキャラメルをくれる尼さんがいた。

朝ご飯を済ませて、田んぼの横を流れる用水路や、スイカ畑で遊んでいると、
茶色の作務衣に身をつつんだ、祖母と同じ年頃の尼さんがやってくる。
どんな字なのか分からないが、その人は「あんじゅさん」と呼ばれていて、
「とっちゃん、よう来んさったな。」といつも土地の言葉で話しかけてきた。

瀬戸内寂聴を見ると「あんじゅさん」はこんな人だったなあ、と思うのだが、
年の割りに妙にしっかりして、顔にしわが刻まれているけれど、とても肌がつやつやしていたと思う。
にこにこ笑顔で話しかけてくれるので、いつも目が細く垂れていたように思う。

帰省の度に会うので、よく知っているくせに、僕と弟は気のきいた返事も出来ず、いつもあいまいにうなづいていると、あんじゅさんは「お菓子を上げよう。」といって、森永ミルクキャラメルを1つづつ渡してくれた。 そして僕たち兄弟はいつも居心地の悪い笑顔でそのキャラメルを受け取っていた。

プロ野球カードがもらえる、カルビープロ野球スナックが好きだった僕たちにとって、
森永ミルクキャラメルは、あまり嬉しくないお菓子だった。
けれど、子供ココロに“喜ばないといけない” という気持ちで、毎年毎年「ありがとう」とだけ言うのがやっとだった。

あんじゅさんは、祖父母と何かしばらく会話をしているが、やがて背中を丸めて帰っていった。
小さな体で背中を丸めると、もっと小さなおばあさんになった。

僕はなぜか、あんじゅさんの帰っていく姿をいつも悲しい気持ちで見送っていた。
あんじゅさんは家族がいない、と聞かされていたからだろうか。


その後、中学校に進んだ僕は、家族と一緒に行動するのが嫌な、れっきとした思春期の少年になり、
仕事が忙しくなった父は、お盆に家族を連れて帰省することをあきらめ、不定期に帰省するようになった。
僕も中学から高校にかけて何度か帰省しているはずだが、なぜかその頃の記憶はまったくない。


「あんじゅさん元気にしてるのかなあ?」
大人になったある日、父親に聞いたことがある。
「もう老人ホームに入っている」
すっかり白髪の増えた父親は、あんじゅさんが1人で暮らしていけなくなって施設に入っていることを教えてくれた。

あれから何年も経って、僕の母親も祖父母も他界してしまった。もしかしたらあんじゅさんもすでに
この世にはいないかもしれない。
田舎の家も人に売ってしまい、懐かしい景色を訪れることも出来ない。

けれど、森永ミルクキャラメルを見た途端に、僕の心は瞬時にして、あの小学生の夏休みに、
そして、笑顔のあんじゅさんに戻ったのだった。


森永ミルクキャラメル


今日はちょっとエッセイ風。


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プロフィール

Toshi

Author:Toshi
旅行の仕事で世界をまわるうちに、海外に住みたいという思いを募らせ、2001年に家族とともにNZに移住。ワーホリサポートエージェント勤務を経て、2005年独立してオークランド留学センターを設立。
海外添乗、海外移住、海外起業、、、、若い頃には思ってもなかった人生を歩んでいます。
海外でのビジネスは、山あり、谷ありだけど、家族や友人に支えられてまだまだ頑張ります☆
今年も「開花」を目指してポジティブに頑張ります。



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