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A Tween's father

2009
05/28
*Thu*
Tween(トゥイーン)とは、子供でもない、ティーンでもない8歳から12歳くらいまでの年齢のこと。
Kids< Tween < Teen のように子供(Kids)とティーン(Teen)の間(between)という意味だそうだ。

Tween真っ盛りの11歳の娘がメロメロにハマっているのがTwilightだ。
ステファニー・メイヤーの小説シリーズで、アメリカを始めティーンの間でもはや社会現象化しているらしい。

なんでも「現代版ロミオとジュリエット」と言われてそうで、吸血鬼として生まれた男子高校生と人間女子高生のラブストーリー。 アニメちっくな設定なのに思えるので、「なんでそんなものがヒットするの?」と僕は思うわけだが、ニュージーランドでも若者たちに大ヒットしている。

そしてうちの娘は握りこぶしくらいの分厚さの本X4冊(もちろん英語)をわずか1週間で読破し、
自分の小遣いで買ったDVDにうっとりしている。

映画の1シーンに、主人公の2人がダンスをするシーンが出てくる。高校生のくせに、ほとんど大人のような会話をして、大人のようなおしゃれをして、ロマンチックな曲で踊る。隣で見てて気恥ずかしくなるが、娘は口をぽぉっと開けて画面を見てる。


「あと数年もすると、映画の主人公たちのようにティーンエイジラブをするのかなあ。」「いや、うちの娘はシャイやし、男の子と話なんかできひんわ。」などと一人で想像して思わず笑ってしまう。
体も大きくなってくるし時々屁理屈を言うようになったし、あまりべたべたしなくなるしで、Tweenの子供を持つ親っていうのは、「これからどうなるんだろうか?」という複雑な心境だなあ。


Twilight



映画『トワイライト~初恋~』ストーリー(抜粋)
フェニックス高校のベラ・スワン(クリステン・スチュワート)は少し変わっていて、学校の今風の女の子たちに合わせようともしない。母親の再婚に伴い、ワシントン州フォークスの雨がちな小さな町で父親と暮らすことになるが、たいして生活が変わるとは思ってもいなかった。
 ところがその町で、ものすごい美少年、エドワード・カレン(ロバート・パティンソン)と出会う。これまでに出会ったことのない謎めいた少年だった。知的で鋭い彼は、ベラの魂を見抜く。やがてベラとエドワードは、尋常ただならぬ恋に激しく燃える。エドワードは野生のライオンより速く走ったり、素手で走行中の車を止めたりする。それに1918年から年をとっていない。ヴァンパイアがそうであるように、彼も不死なのだ。しかし、エドワードには牙がなく、人間の血は飲まない。 エドワードの家族は、ヴァンパイアの中でも変わった生き方をしていた。エドワードにとって、ベラは90年間待ち続けたソウルメイト(魂の友)だった。
 しかし、親しくなればなるほど、エドワードはベラの匂いが誘う狂乱への罠(わな)を抑えんと、ひたすら葛藤に苛まれる。ジェームズ(キャム・ギガンデット)、ローレント(エディ・ガテギ)、ヴィクトリア(レイチェル・レフィブレ)といったエドワード家の敵ともいえるヴァンパイアたちが、ベラを探してフォークスの町に来たことから……。
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逃げるんだ、げるんだ~!

2009
05/26
*Tue*
【5月21日 AFP】
ニュージーランド警察は21日、銀行口座に誤って振り込まれた大金を持ち逃げしたとして、アジア系カップルを国際手配したと発表した。

 報道によると、2人は同国北部ロトルア(Rotorua)でガソリンスタンドを経営していたが、オーストラリアのウェストパック銀行(Westpac Bank)が誤って彼らの口座に1000万ニュージーランドドル(約5億8000万円)を振り込んでしまった後、その一部を引き出し、海外に高飛びしたという。

 警察と銀行は、持ち逃げされた金額やカップルの身元に関する詳細について言及を避けている。

 銀行側は刑事・民事の双方の訴訟を検討中。ちなみに同銀広報によると、原因となった振り込みは「人為的なミス」だという。(c)AFP




おいおい銀行さんよ、「人為的なミス」はないでしょ。 えっ?

あんたら、いったいゼロを何回押してまんねん?


ちょっとしたお金を預かったりしたときに、よく冗談で 「こんだけあったら高飛びできるなあ。」と言ったりするが、このご夫婦はばっちり高飛びをしてしまった。 アジア系のカップルらしいから、きっと今頃は、東南アジア方面に潜伏?

「あれ?あんた!これみて口座の明細。1000万ドルもあるよ? どうする?銀行に言わなきゃ。」

「おいおい、バカいうなよ。これで俺たちのその日暮らしもお仕舞いってわけだ。」

「え? まさかこのまま持ち逃げするっていんじゃないでしょうね?」

「そのまさかってやつだよ。へへへ。今夜の便で一旦バンコクに入って、その後はとりあえず田舎のビーチリゾートにでも行こうぜ。まさかニュージーランドの警察もそんなとこまで追ってくるめえ。」

「あんた~、そんなあ。つかまったらどうすんのさ?さっさと銀行に返しちゃおうよ。」

「いいか、こいつあ天からの授かりものよ。神様が俺たちに運ってやつを転がしてくれたのさ。お前には言ってなかったけど、俺は若い時分、ちょっと悪さをやっててな。若いのが集めてきたお金をキレイキレイにするマネーロンダリングってのはお手のもんだったんだよ。だーいじょうぶ、だいじょうぶ、安心しな。アメリカドルには変えねえからよ。 しかしまあ、これで国のお袋にもあったけえ寝床を用意してやれるってもんだよ。」

「あんた~。」ぐすぐす(涙) 「分かったわ。そうとなりゃさっさと逃げなきゃね。パスポートは何処にしまったかしら?」


という会話があったかどうかは定かでないが、とにかくこの夫婦は逃げた。

つかまるまで一生逃げ続けるのだ。

どこまで行っても、インターポールの銭形のとっつあんが追いかけてくるのだ。


金はいっぱいあっても、逃げるっちゅうのは大変なことぞなもし。


あいや、このカップルの結末はいかに?



第7

2009
05/23
*Sat*
ニュージーランドシンフォニーオーケストラ(通称NZSO)のコンサートに行ってきた。

初めて金を払ってみるシンフォニーコンサートだった。

これまでクラシック好きの家内とヴァイオリンを習っている娘の"お供”(またの言い方は"ドライバー”)という形で、無料のクラシックコンサートには何度か足を運んだが、いよいよ「有料」コンサートのデビューだ。

しかも演目はTV「のだめカンタービレ」で主題歌にもなっていたベートーベンの第7だから、「知ってるクラシック」ということで、妙に気合いも入る。

スーツを着て会場に乗り込んでびっくりした。

あきらかにこれまで見てきた無料コンサートと、客層が違う。

「服が違う、歳が違う、人種が違う、威厳が違う。」 

知ってる人は知ってる、山口百恵のイミテーションゴールドの節でついつい歌ってしまいたくなるほどだ。

どういうことかと言うと、本物の毛皮を着たご婦人たち(NZではめったにお目にかかれない。)、白髪の世代が中心、白人ばっかり、教授とか医者とかそんな感じの人たち。

ジャケットをを着ていった僕だけど、「あーあーあー、イミテーションゴールド~♪ 」だ。

ホントのクラシックコンサートなんて、これがスタンダードなんだろな。


で、演奏はどうだったか。


一言で言うと、すごかった。


曲の途中でウトウト眠ってしまっていたファミリーコンサートや、学生のコンペティションとは、音がまるで違う。素人の僕が言って恐縮だが、ピアノ音もバイオリンの音も、ティンパニーの音も、本当に同じ楽器か?と思えるほどに違う。演奏者を見るとどの人もイケメンで美女に見えるし、姿勢がすごくいいし、びしっと決まってる。さすがニュージーランドの最高峰である。

第7の第1楽章が始まった途端、息が止まってしまうほど演奏に聴き惚れてしまった。
サビ(って言うのかな?)に向かう、フルートの音色にどきどきし、指揮者の迫力に目が乾く程見とれ、シンフォニー全体の圧倒的な音量に圧倒されてしまった。

語彙力があれば、たくさん説明できるけど、今の僕には、「すごかった。良かった。」というシンプルワードしか無理。むっちゃ感激。

のだめに出てくる竹中直人みたく、「ブラボー~!」って叫びたくなる演奏でございやした。

ええもん見せてもらいました。

New Zealand Symphony Orchestaのホームページはこちら

この先もツアーは続きますので、機会があれば是非。
そんなに値段の高いものではないですね。



カラヤンの指揮による第7。ゴッドハンド!

知ってるかな? これがニュージーランドのアイコンだ!

2009
05/21
*Thu*
ニュージーランド通を自称するあなた。

ニュージーランド旅行を計画中のあなた。

ニュージーランドに来たことのあるあなた。

ニュージーランドに住んでいるあなた。




ここに写っている絵はニュージーランドのアイコンです。


どれだけ知っているか挑戦してみてください。



スタート!


その1
アイコン1


その2
アイコン2


その3
アイコン3


その4
アイコン4


その5
アイコン5


その6
アイコン6



実はこれ、ある小学校の教室に描かれていたものです。


アイコンズ



一部、「何これ? これがアイコンなの?」と思うものもありますが、アイコンです。アイコンらしいです。





マーマレードの朝

2009
05/19
*Tue*
Category:食べ物
知らないことっていっぱいあるね。

例えばマーマレード。

ちょっと苦くて子供の頃から苦手で、できれば食べるのを避けてきた。

今朝はそれしかジャム系がなくて、「苦い~」と言いながら食べた。

「マーマレードっちゅうのは苦いもんやなあ。そういえば、いったいどんなフルーツか実物見たことないぞ。」

という僕。 呆れる家族。

「あなたはおもしろいことを言う人ね。柑橘系で作ったジャムのことをマーマレードって言うの。シーチキンって魚が海に泳いでないように、マーマレードってフルーツも存在しないの。」

あっ、そうやったん? 知らんかったわ~。 味はレモンやオレンジに似てるとは思ったけど。

41歳男、マーマレードのことを知った朝。 (恥)


マーマレード


One Tree Hill

2009
05/18
*Mon*
One Tree Hill3

One Tree Hill is also known by its Maori name, Maungakiekie. Maunga means 'hill', and kiekie is a 'strong climbing plant'. In 1840, One Tree Hill and its foot-hills were covered with dark masses of kiekie, and thick bracken fern.

Another lone tree had originally given the hill a different Maori name. The tree had been planted in about 1600, to commemorate the birth of Koroki, the son of a chief of the Ngati Awa tribe. Though the Ngariki had occupied the hill at the time, the Ngati Awa had passed through on their migration south to Taranaki, and were asked to stay at One Tree Hill. These tribes called the hill Te Totara i Ahua ("The Totara that Stands Alone"). Maori considered this totara to be tapu (sacred).

Soon after the establishment of Auckland, the summit of One Tree Hill was used as a lookout and signalling station to protect the infant town from hostile attack. On one occasion, some European workers were sent to the summit to keep watch. Due to a misunderstanding, some food failed to arrive for them, and they angrily cut down the sacred totara.

John Campbell later planted a fresh grove of puriris to replace it, and added some pinus insignis for their protection. Ironically, the puriris failed to survive, but two of the pines did. They flourished for several years, but they were replaced by a single Monterey pine in 1875.



豚インフルエンザめ! その4 

2009
05/14
*Thu*
高校生の感染が確認されて、とうとう豚インフルエンザフィーバーが日本に上陸した。


あおるだけあおって、国民の注目もMAXに届いていただろうから、感染者が出て一番喜んでるのは、メディアの連中だと思う。間違いない。


国としての対応は、評価できると思う。

水際で食い止めるという政府の対応は、過去のSARSや鳥インフルエンザの経験から出来たものだろう。きっちりとマニュアル化され、病院も受け入れ体制を作っていたようだし、空港職員や検疫官の苦労も並大抵のものではないと思う。


しかし、感染者を早期発見したことを評価するよりも、「いた!いた! 豚インフルエンザだ~!わ~、移らないように気をつけろ~!」 と子供が騒ぐような報道はいかがなものか。

そのせいで、自分で考えたり、責任を取ることの出来ないお役人さんたちが大慌て。


徳島県の教育委員会は小学校の国内修学旅行を禁止にしたそうだし、大阪市教育委員会は、8月末までに出発を予定している海外研修旅行等は中止または延期すること、という一方的なお達しを出したそうな。


海外先進諸国の人から見ると、ほとんどお笑いかと間違われるような状態になっている。



夏休みに集中している学生団体が予約していた席数は、何万席にも及ぶので、各航空会社にとっては、たまったものではないだろう。 現地で受け入れる旅行会社も、お客さんが来なくなるので、手配担当者やツアーガイドの仕事もなくなってしまう。 小さな会社だと、店をたたまないといけないかもしれない。 お土産屋さんだって例外じゃない。一般客のツアーだってキャンセルが相次いでる。僕の会社だって、学生グループのキャンセルがあった。本当にいい迷惑だ。


ニュージーランドで他国の人に、「あなたの国はどうなの?」と聞くと、ここまで過剰に反応している国は見つからない。日本だけが大騒ぎして、海外で営む日系企業を巻き込んで、1つの不況を生み出そうとしている。(多分、この夏、儲かるのは東京ディズニーランドだろう。)


お役所が悪いのか? いや、そうじゃないと思う。


僕が思うのは、すべての元凶はメディアだということ。


人口の多い日本だから、報道に関わる人間の数も桁外れに多い。
他社と少しでも違うことを報道しようと、やっきになって細かくネタを探す。
そういうネタが悪い相乗効果を生み、風評被害を巻き起こす。

幼稚すぎる。

"時代はまわる” というが、この時代をコントロールしているのは、一般庶民ではなく、メディアなのだ。
メディアがNewsをまわす。言わなきゃいけないことは言わないで、言わないでいいことを言う。

「報道の自由」などすべての報道機関に与えてはいけない。
指名された機関だけが、正しい情報を淡々と流せばいいのだ!

と、右手のこぶしをあげてみる。

多分、北朝鮮のメディアって、そうやって国に報道規制されてるんだな。

うーん。 それは困るな。


いずれにしても、この幼稚な報道機関に占拠された日本国で、正しい情報をつかみ、その情報を有効に使える人間が、日本の社会を、経済を動かしていかなくては。



It's you!! 







University of Auckland Graduation Gala Concerto Competition

2009
05/12
*Tue*
クラシック音楽のコンペティションを見に行ってきた。
場所はオークランドのタウンホール。
コンペティションは、オークランド大学の音楽科の学生3人が、持ち時間20分以内で、オーケストラをバックに、ソロを披露するというもの。在籍学生の中で最も成績の良い3人が、ファイナリストに選ばれているので、いわば最終決戦の場というわけだ。


夜の7時半から始まるコンサートを見るために、というよりも出演する友達を応援するためか、クラシックコンサートにしては珍しく、客席は多くの若者で埋まっている。普段行ってる無料のファミリーコンサートに比べると、どことなく学園祭にやってきた気分。


時間になり、司会者がコンペティションの主旨を説明すると、いよいよ演奏がスタート。

なんと驚いたことに、ファイナリストは全員アジア人。

1人目は韓国出身の男子学生。 ピアノで、Beethoven’s Piano Concerto No 4 in G major

2人目はやっぱり韓国人で、女性のフルート。演奏曲はIbert’s Concerto。

最後は中国人の女子学生。彼女もピアノ。曲はLiszt’s Piano Concerto No 2 in A major;


演奏が終わるたびに、一般のコンサートではお目にかかれないほどの大喝采。
どの奏者の演奏も素晴らしく、誰が優勝してもおかしくないくらい。


それにしても、白人の学生のオーケストラをバックに、アジア人3人がステージの中央で演奏しているのは、
「オークランド大学 音楽科」という入れ物からすると、なんとも言えない不思議な光景。
新鮮な驚きだった。 

結局、優勝したのはフルート奏者の韓国人の女学生だった。
学生もみんな緊張しているし、それにつられて見てる側も、異様に緊張してしまい、
コンペティションが終わったときには、ほっとしました。


Finalists




豚インフルエンザめ!その3

2009
05/08
*Fri*
豚ちゃん騒ぎが始まった後、5月2日に日本からのお客様を迎えに空港に行ってきました。


到着ロビーで待っていたら、ある日本人の若い女性がマスクをつけて出てきたんですね。1人だけ。
税関がつかえていたのか、その人以外、全然誰も出てこなくて、僕はその女性が風邪をひいてるのか、あるいは、笑いを取ろうとマスクをしてるのかと本気で思ってました。


ところが、その後、出てくる人の多くがマスクをしているではないですか。

異常な光景でした。


同じ時間帯に到着した他国からの便のお客さんは誰1人マスクなんかしていません
狭い空港ロビーは、目元までしっかりマスクをたくしあげた、背の低いアジア人で埋まったのです。

「これはいったいなんなんだ。。。」と驚きました。


機内での豚インフルエンザの感染を恐れてマスクをしているのは分かりますが、集団マスクというのは怖い。まるで中東のテロリスト集団のよう。


昨日の空港も同じようなものでした。




これほど日本の皆さんをお騒がせしている豚インフルエンザだが、最近のニュージーランドはどういう状況か?


これが、なんともすごいのだが、新聞で記事を見つけることさえ難しいほど、もう世間一般的には殆ど話題になっていないのである。


メキシコ帰りの高校生たちが集団で感染して、「すわっ、一大事か!」と一瞬はニュースの一面を飾りました。
同じ飛行機に乗ってニュージーランドに帰ってきた人たちが、それぞれの地元に帰ったことから、2次感染の被害も大きく予想はされました。 SUSPECTEDという、「感染の疑いのある。」人数も、倍倍のペースで増えました。

しかし、

すぐに感染者とその家族を隔離したこと。強毒性のインフルエンザではなかったこと。タミフルで治療が出来ること。感染者も順調に完治していること。』

などから、この国の報道機関はおそらく、(おそらくですよ) 「ニュースの価値なし」と判断したんでしょうね。


だから、今は日本のニュースサイトを見ないと、いったい全部で何人の感染者がいたのかも分からない始末です。

クールな対応なのか、いい加減なのか、日本の報道と比べると笑っちゃいますよね。ホント。


実は感染者のいた高校に通っている日本人高校生のガーディアンをしているのですが、彼も 「全然普段どおりですよ。何をいったい大騒ぎしてるんですか、日本の人たちは?」と言っています。17歳の男の子が。

実際にその高校に行ってきましたが、何も変わった様子もありませんでした。


決して豚インフルエンザにはかかりません。なんて言えないけど、ちゃんと予防してれば大丈夫だし、
かかってもちゃんと完治するんです。



ニュージーランドに渡航を計画されている方、まだ何処の国か決めてない方、感染を心配して北米はやめて他の国に行こうとしている方。



大丈夫です。ニュージーランドに来ていただいても。



さよなら、豚インフルエンザ。





ニューヨーク

2009
05/05
*Tue*
ゴールデンウィークをお楽しみのみなさん、いかがお過ごしですか?



豚ちゃんインフルエンザで大騒ぎの日本を離れて、(って、言ってもすでに離れてるか。)



僕は今、



ニューヨークにいま~っす!!









NY3

ツインタワーは無くなったけど、キングコングの登ったエンパイアステイトビルは健在です。


NY2セントラルパークも観光客で賑わっています。





はい。



もちろん、嘘です。




シルバーアクセサリーアーティストのYukiさんから、貰った写真でした。




僕にとってNYといえば、ジョンレノン。



ジョンレノンといえば、イマジンをカヴァーした忌野清志郎。




その忌野清志郎がなくなった。

僕が最初に清志郎のことを知ったのは、ど派手なメークで坂本龍一と歌っていた「いけないルージュマジック」。小学生だった僕は、この2人はおかま系の人(当時はゲイという言葉を知らなかった。)で、まさしく「いけない」ものを見てしまったと思っていた。


その後、「雨上がりの夜空に」で大ブレークしたRCサクセションは中学生になった僕たちの、ちょっとした不良アイテムで、大きくワルを気取れない小ワルの同級生の間では、RCのレコードを聞き、髪の毛を申し訳なさそうにツンと立てるのが密かなブームになっていた。


僕はというと、中学生よりもむしろ、大学生になってから清志郎に目覚め、特にTimersというユニットで出したCoversというアルバムの歌たちは90年代の僕の青春テーマソングとなった。


インターネットで訃報を知ったその日、なかば呆然としてYou Tubeで過去の映像をみまくった。
ぴょんぴょん飛び跳ね、「べいべ~逃げるんだ、げるんだ~!」と歌うやんちゃんな清志郎、化粧をしていないと、少年のようなあどけない顔の清志郎、50代後半になっても昔と変わらない独特の声で、「愛しあってるか~い?」と叫ぶ清志郎。


たくさんのヒットソングや心に残る歌を歌ってきて、その時代に成長をしてきた僕にとって清志郎の歌はいつも流れていたBGMだったんだな、と思わざるをえない。
受験戦争にもまれていた時は「トランジスタラジオ」を、社会の理不尽な仕組みに憤慨したときは、「ラブミーテンダー」を、オトナの仕事の世界にくたびれたときは「パパの歌」を、そして気分のいい時は「デイドリーム ビリバー」を。


ずっとYou Tubeを見ているわけにもいかないので、今はCDが欲しい。
(ダウンロードって手もあるけど、ipodって外国にいると日本の曲って購入できないんですよね。あっ、そういえばYahoo! の動画配信だって、外国からは見えないように出来てるんです。便利なものも使えなければ不便なものです。)


清志郎さんのご冥福をお祈りします。


合掌。








心に浸みる(?)にほんのうた。

2009
05/03
*Sun*
日本人の声楽家によるミニコンサートに行ってきた。場所はシティ内にあるSt Matthew Church.
声楽家によるコンサートに行くなんて生まれて初めてだし、自分1人なら行こうとも思わなかったと思う。もちろんピアノ好きの家内が、日本人コミュニティの雑誌で見つけてきたものだ。

歌う人は、男性のテノール歌手と女性のソプラノ歌手。事前にもらったチラシにはプロフィールも書かれていて、それを見ると2人は夫婦だ。他に男性テノール歌手がもう1人と女性のピアニスト。
どんな経緯でこのコンサートが行われるのかは分からないが、領事館が主催するピアノコンサートや民謡コンサートなど、日本からプロのアーティストがやってくることが年に1、2度あるので、たぶん今回もそんなものだろう。公演は午後2時30分から休憩を入れても午後4時まで。

断っておくが、僕はバレエに始まって、交響楽団のコンサートなど、伝統と歴史ある音楽芸術に関しては、全くの素人。交響楽を聴きに行って、演目数が少ないのを見て、「なんだ、こんだけしか演奏しないのか。」と思ったら、1曲が20分もあって、びっくりした。というレベルである。家内の「見に行かない?」という誘いに、一瞬躊躇したものの、娘も行くとあっては、日曜の午後を1人で過ごすのも寂しいし、声楽を見るなんて機会もめったにないことだし、と思って出かけてきた。

第1部はヨーロッパの音楽が中心。テノール歌手の歌声が教会の高い天井に反響して、何を歌っているかは分からないがとても心地いい具合だ。ソプラノ歌手の歌声もとても素晴らしい。


第2部は日本の歌が中心だ。「赤とんぼ」では、僕の斜め前の中年女性が思わず涙を流していたし、
「この道」では、最近世間をお騒がせした草薙くんが出ていたテレビドラマを思い出して、思わず僕もじーん。
日本の歌で気分がすっかり盛り上がり、「待ちぼうけ」や「からたちの花」、そして「千の風になって」など
知ってる曲が歌われるごとに、僕の気持ちもあの懐かしい日本へ。
前のほうの客席を見渡すと、それぞれ思い入れのある曲にうっとりしているのが分かる。

みんなの気持ちが盛り上がったところで、「ふるさと」が始まる。もうだめだ。涙腺がゆるみ始める。
3人の歌手がみんな一緒に歌っている。「兎追ひし かの山~♪」
隣を見ると、家内の目元もゆるんでいるように見える。
ところが2番が始まった途端、あろうことかテノール歌手の1人が歌詞を間違えた。
3番の歌詞を歌いだしたのだ。
「あれ?」と思ったその瞬間、もう1人のテノール歌手とソプラノ歌手は、なんと間違えた歌手に合わせて3番の歌詞を歌い出している。
「あれれ?」と思っている間に、3人の歌声はいつのまにか2番に戻り、やがて何事もなかったように全員で3番を歌い終えてしまった。

涙が落ちかけていた僕の目元は、すっかり乾いてしまい、感動の文字もどこかに隠れてしまった。
スポーツだけだと思っていたチームプレーが、声楽の世界にも存在するのを知ってしまった瞬間なのだろうか。
他のお客さんだって、歌詞を間違えたことに気づいている。

「まあ、こういうこともあるよな。」
気持ちを切り替えて最後の曲。「今日の日はさようなら」。
これもまた涙腺をゆるませてくれる歌だ。
「皆さんご一緒に。」と、観客も一緒に歌う。音痴が前や隣の人にばれないように、僕も小さな声で口ずさむ。
そして3番の「ま~た~、あ~う、ひまで~。」と歌い終えたその瞬間。余韻に浸ろうと思ったその瞬間。

「ふえっくしょ~ん!!」僕の真後ろに座っていた子供が、静寂を切り裂く大きなくしゃみ。


会場は感動一転、苦笑い。



でも、楽しかったです。やっぱり外国で日本の歌を聴くと心に染みるなあ。




家内がすぐ後ろを振り返ったら、その子供の顔には鼻水が盛大に飛び散っていたそうです。




森永ミルクキャラメルの思い出

2009
05/01
*Fri*
ちょっと前のことだが、日本から到着したばかりのお客さんに
“懐かしいお菓子の詰め合わせ”を貰った。
その中には、アポロチョコや10円ガム、不二家チョコ、それに森永ミルクキャラメルが入っていた。

“走馬灯” という言葉があるが、森永ミルクキャラメルのパッケージは
僕を瞬時に何十年も前の世界に、それこそ走馬灯のごとく戻してくれた。



まだ小学生だった頃、我が家は毎年、お盆の時期になると
父方の田舎に帰省するのが、恒例の夏休み行事だった。

父の田舎は、兵庫県の山村にある農家で、そこにたどりつくまで、
いつも「果てしなく遠い。」という印象に残っている。

確かパブリカという車種で、エアコンのない小さな車に家族5人がぎゅうぎゅう詰めに
なっていくので、恐ろしく暑かった。おまけに僕も弟もひどく車に弱く、まだ高速道路もなく、
山間の道を進むので、カーブが続くと、何度も車を車道に止めて休憩していたように思う。
きっとそのせいで、何時間もかかったのだろう。

祖父母の家に着く頃には、むせ返るような暑さも終わり、そろそろ夕陽が傾き始める頃だった。
田んぼに囲まれたその家は、夜になるとウシガエルの鳴き声につつまれた。
目覚めると、肌寒いくらいの空気と山鳩の声、そして青々とした水田が、田舎にやってきたことを実感させてくれた。

この田舎に帰るたびに、僕たち兄弟になぜか森永ミルクキャラメルをくれる尼さんがいた。

朝ご飯を済ませて、田んぼの横を流れる用水路や、スイカ畑で遊んでいると、
茶色の作務衣に身をつつんだ、祖母と同じ年頃の尼さんがやってくる。
どんな字なのか分からないが、その人は「あんじゅさん」と呼ばれていて、
「とっちゃん、よう来んさったな。」といつも土地の言葉で話しかけてきた。

瀬戸内寂聴を見ると「あんじゅさん」はこんな人だったなあ、と思うのだが、
年の割りに妙にしっかりして、顔にしわが刻まれているけれど、とても肌がつやつやしていたと思う。
にこにこ笑顔で話しかけてくれるので、いつも目が細く垂れていたように思う。

帰省の度に会うので、よく知っているくせに、僕と弟は気のきいた返事も出来ず、いつもあいまいにうなづいていると、あんじゅさんは「お菓子を上げよう。」といって、森永ミルクキャラメルを1つづつ渡してくれた。 そして僕たち兄弟はいつも居心地の悪い笑顔でそのキャラメルを受け取っていた。

プロ野球カードがもらえる、カルビープロ野球スナックが好きだった僕たちにとって、
森永ミルクキャラメルは、あまり嬉しくないお菓子だった。
けれど、子供ココロに“喜ばないといけない” という気持ちで、毎年毎年「ありがとう」とだけ言うのがやっとだった。

あんじゅさんは、祖父母と何かしばらく会話をしているが、やがて背中を丸めて帰っていった。
小さな体で背中を丸めると、もっと小さなおばあさんになった。

僕はなぜか、あんじゅさんの帰っていく姿をいつも悲しい気持ちで見送っていた。
あんじゅさんは家族がいない、と聞かされていたからだろうか。


その後、中学校に進んだ僕は、家族と一緒に行動するのが嫌な、れっきとした思春期の少年になり、
仕事が忙しくなった父は、お盆に家族を連れて帰省することをあきらめ、不定期に帰省するようになった。
僕も中学から高校にかけて何度か帰省しているはずだが、なぜかその頃の記憶はまったくない。


「あんじゅさん元気にしてるのかなあ?」
大人になったある日、父親に聞いたことがある。
「もう老人ホームに入っている」
すっかり白髪の増えた父親は、あんじゅさんが1人で暮らしていけなくなって施設に入っていることを教えてくれた。

あれから何年も経って、僕の母親も祖父母も他界してしまった。もしかしたらあんじゅさんもすでに
この世にはいないかもしれない。
田舎の家も人に売ってしまい、懐かしい景色を訪れることも出来ない。

けれど、森永ミルクキャラメルを見た途端に、僕の心は瞬時にして、あの小学生の夏休みに、
そして、笑顔のあんじゅさんに戻ったのだった。


森永ミルクキャラメル


今日はちょっとエッセイ風。




プロフィール

Toshi

Author:Toshi
旅行の仕事で世界をまわるうちに、海外に住みたいという思いを募らせ、2001年に家族とともにNZに移住。ワーホリサポートエージェント勤務を経て、2005年独立してオークランド留学センターを設立。
海外添乗、海外移住、海外起業、、、、若い頃には思ってもなかった人生を歩んでいます。
海外でのビジネスは、山あり、谷ありだけど、家族や友人に支えられてまだまだ頑張ります☆
今年も「開花」を目指してポジティブに頑張ります。



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