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This Archive : 2009年02月

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ジャクソン・ブラウン オークランド公演

2009
02/26
*Thu*
Category:コンサート
「ジャクソン・ブラウンが好き。」というと、僕よりも年齢の下の人のほとんどが、

「黒人歌手?」と聞き返してくるが、それはジェームス・ブラウンです。

マイケル・ジャクソンでもないし、ジャクソン・ファイブでもないです。


1960年代後半に流行ったイーグルスの「Take it Easy」を、口ずさむことの出来る人も多いと思うけど、その曲を書いたのがジャクソン・ブラウン。主に1970年代にアルバムを多く発表し、日本人にもとても人気のあるシンガーソングライターです。ざっくり言ってしまうと、「社会派」の歌が多く、政治や戦争、環境問題など、Love & Peaceの時代からきっぱりと信念をつらぬいてる方です。歌声は爽やかで、60歳になった今でもさらさらヘアーに少年のような目をした人です。大人の世界に憧れて、ちょっと昔に流行った音楽を聴きだした20歳の頃に、この人の音楽を耳にして以来のファンです。4年ぶりのNZ公演ということで、張り切って見に行ってきました。


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会場はクイーンストリートにあるCIVICです。

このホールって、すごくオシャレに作ってありますね。

狭いけれども、装飾が凝っているので、目で楽しむことが出来ます。

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7時開始なので、時間までにきっちり会場入りしたのに、ここはやっぱりニュージーランド。
7時になってもまだ半分も席が埋まっていない。
しかし、7時10分頃に客の入りもおかまいなく、まずは前座バンドの登場。
このバンドが約30分演奏。

そして、ステージセッティングのしなおし。

いよいよジャクソン・ブラウン登場か!

と思ったら、今度はToni Childという女性シンガーの登場。

酔っ払っているみたに、ふらふらしながら、さらに途中で靴をぬいで裸足になって。約1時間歌ってました。
このあたりでようやく席が埋まってました。 そして再度舞台セッティングのしなおし。



JB10


はあぁ、疲れます。もう8時40分。


休憩の度にビールやワイン売り場は人だかり。
ビールを何杯か飲んだ様子の左隣のおっちゃんは酒臭い。
僕も飲みたかったけど、トイレに行きたくなるのが分かってるので、我慢。

休憩時間は、右隣に座っていた50代の夫婦とおしゃべりしてました。
奥さんが歯科医で、旦那さんはグラフィックデザイナーだそうです。
僕が20年前に大阪公演を見たこと、ニュージーランドでビジネスをやってるということを話すと、
とても興味深そうにいろいろと質問してきてくれました。

ニュージーランドに住んでていいなあ、と思ううちのひとつは、
こういう見ず知らずの人とおしゃべりが出来ること。

How are you? と声をかけられて、それに答えて一生懸命下手な英語で返すと、
しばらく会話が続いてしまいます。1人で見に行ったけれども、退屈はしませんでした。



そして9時を少し過ぎたあたりで、ようやくJackson Browne登場。

会場の空気がぴしっとしまり、そして彼の歌声とともに、会場はとても親密な雰囲気に代わりました。

新旧織り交ぜて約2時間の公演を楽しみました。

それにしても、思うのはビリージョエルやジャクソンブラウンやブルーススプリングスティーン、そして忌野清志郎や浜省や中島みゆきなど、僕が学生時代から聞いてる人たちが50代、60代になっても、相変わらず元気に歌い続けているのを見ると、僕もその世代になったときも頑張っていたいなあ、ということです。



ちょっとだけ隠れて撮影させてもらいました。

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このブログのタイトルは、この人の歌のタイトルを頂きました。



Late for the SkyLate for the Sky
(2000/03/13)
Jackson Browne






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競争大歓迎!

2009
02/25
*Wed*

カンタス航空がニュージーランド路線から撤退し、その路線をJETSTARが引き継ぐことになりました。


6月から就航を開始するとのことで、早々と超低金額のキャンペーンを発表したり、

街はJETSTARのオレンジ色に染まっています。


とりあえずは、オークランド/ウェリントン/クライストチャーチ/クイーンズタウンの路線ですが、

日本で言えば、東京、福岡、大阪、札幌のようなゴールデン路線ですので、

JETSTARの仕掛ける格安航空運賃は注目のまととなっています。


JETSTAR




まけじとニュージーランド航空も格安競争に参戦か!!





と思ったけど、なんかやる気のない広告をありがとう。

 
AIR NZ

あぐらかいてたら、足元すくわれるぞ~。









Starlight Symphony 2009

2009
02/22
*Sun*
今年もオークランドの夏の風物詩 Starlight Symphonyに行ってきました。



会場となっているドメインに到着する頃には、夕陽が雲を照らしていました。

雨の予報も、大外れ。

さわやかな風の吹く夕暮れです。


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舞台の周りはすでに人でいっぱい。

今日は、少し離れた高台から見学することにしました。


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望遠レンズを最大にして、舞台を撮影。

白い服のコーラス隊の後ろが、オークランドシンフォニーオーケストラです。


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まずは腹ごしらえ。

近所のベトナムレストランで買ってきたFried Rice, Vermiceli, Squid Fly。

ビールを飲みながら、これをつまみました。おいしかったあ。

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ステージ前半のハイライトは、10代の新進Violinist 4人。
ヴィバルディの四季を順番に演奏していました。
そのうちの2人はアジア人。
ニュージーランドのオーケストラはどこもアジア人が増えてるそうです。




日が暮れるとともに、風が冷たくなります。

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夏といえども湿気の少ないNZですので、

夜ともなると、肌寒くなります。しかも野外ということで、はっきりいって冬の装備です。

周りを見るとご覧の通り。



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後半のハイライトは、毎年恒例のレーザーライトショー、


そして、エルガーの”威風堂々”で会場を盛り上げて、


最後はチャイコフスキーの”1812 Overture” をバックに大花火。


あんぐり口を開けて見とれてしまいます。


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花火がきれいに撮れるカメラ欲しいなあ。。。




もう何回も同じ演出を見ていますが、毎年毎年感動しますね。


ショーの最後はみんなで国歌斉唱。


いつもながら、みんなで胸を張って”ノリのいい”国歌を歌えるニュージーランド人が羨ましいです。


日本もリズムだけでも変えれないものかなあ。


また、来年のショーが楽しみです。




おまけ:ペンライトをぐるぐる回すとこんなふうに写ります。
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2年前のレポート(こちら) 、去年のレポート(こちら) 






かゆい。

2009
02/17
*Tue*
不覚にもダニにやられた。

左足が7箇所、腰が3箇所、あとおなかもちょこっと。

もだえくるしむ程の痒さではないので、まだ耐えることが出来るけど、やっぱり痒い。

何年か前は、両足の付け根の内側をやられて、かゆいのなんのって。

場所が場所だけに、人前でかけないのが非常につらかった。

ポケットに手を突っ込んで、もじもじしてると明らかに怪しいし。。





仕事柄、多くのワーホリや留学生さんがダニにやられるのを見ますが、

蚊に刺された時の何倍もの大きさの刺され跡が、体中にあって非常に気の毒になります。

足はもとより、顔や首を刺される人も多く、それはそれは、かわいそうです。




立場上辛いのが、ホームステイ先でダニにやられた場合。

「多分、ステイ先のベッドでやられたと思います。なんとかして欲しいって、言ってもらえませんか?」

まだ仕事を始めた最初の頃は、そう頼まれると、

「僕だって九州男児(うそ、大阪人です。)よおし、言ってやるで~。」

と、ホームステイファミリーに掛け合っていました。



「うちがそんなに不潔なわけないじゃないの!! その子がどこかから持ち込んで来たのでしょう!

失礼なこと言わないで! だいたいうちのファミリーは誰も刺されてないんだから!!」


と、返り討ちに合うのがあたりまえでした。

なぜか不思議なことに、同じ生活空間にいても、ニュージーランド人はなんともなくて、

日本人だけが刺されるんです。多分、皮膚が弱いのでしょう。



市販の虫刺されの薬程度では、とうていかないっこないほど

激しいかゆみがあり、かきむしるうちに肌もボロボロ、

おまけに痒くなくなっても跡が残ります。

医者に行って、専用の塗り薬を貰わないといけません。




ホストも同情はしてくれるが、原因が自分の家にあるとは認めたくない。

まあ、人間の感情からしてみると当然でしょうね。

そんなときは、どうするかというと、速やかに、シーツ、衣類など

身に着けるものは洗濯し、掃除機で床からベッドから枕まで吸いまくる。

それで、かなりの退治は出来るでしょう。



さらにその上の対処策は、やはりバルサンです。

スーパーに売ってます。

barusan


いつまでも刺され続ける人は勇気を持ってバルサンしましょう。




痒いときは、とりあえずムヒ。

ニュージーランド留学の必携品。

ムヒ





週末の小学校で

2009
02/15
*Sun*

早いもので、3歳でニュージーランドにやってきた娘が、昨年の暮れに小学校を卒業しました。

NZの小学校は日本よりも1年早く5歳で1年生がスタートし、1年早く11歳で卒業です。





英語の存在さえも理解できない年齢の時に、親の都合でNZにやって来てしまい、

周りの子供とコミュニケーションが取れずに泣いてばかりいた最初の年を思うと、

今ではKiwi Englishを使いこなし、地元の友達をたくさん作り、

英語の本もすらすら読み、日本語の勉強にも頑張ってくれて、

おまけに素直に育ってくれている娘は立派なものだと、感心してしまいます。





学校6



今年からはIntermediate という、小学校と高校の間の教育機関、
~日本で言う中学校~に通っています。


「中学生」という言葉の響きに、娘の成長はもとより、”そんな大きな子供がいる”という、

自分に対しても少々の驚きを感じたりしてしまいます。
 







娘が通っていた小学校は、週末でも自由に出入りが出来るため、

散歩がてら、よくこの小学校に遊びに行ってました。


学校8



ローラースケートを買うと、学校の中庭で練習し、


自転車を買うと、学校の中庭で練習し、


だだっぴろい運動場で、靴飛ばしをし、


ジャングルジムを使って、グリコゲームをしました。







中学生になったら、もう遊ぶことはあまりないのかな?となんとなく思ったりしていましたが、

今日、自転車にまたがって中庭を走りながら、

「パパ! じゃんけんのグリコゲームしよう!」と言ってくれる娘を見て、

”まだまだ親と遊んでくれる、子供でいてくれてThank you! ”

と喜んでしまいましたとさ。






 学校10



 

 



 

 

暑い! 寒い!

2009
02/13
*Fri*

「The Big Heat」

オークランドの昨日の暑さは、137年ぶりの猛暑!

これが、今日の新聞の1面の記事でした。



天気1


いやあ、ほんとに暑かった。


昨日だけでなく、今週はずっと曇りがちで、おまけに湿度が高くて、

ねっとりとした暑さが体を取り巻いてました。



「ビーチに行くしかないでしょ。」 -  ドイツ人

「服を着たまま噴水に飛び込んじゃったよ。」-ロシア人

「いやあ、もうほんとに暑くてさ、昼間は家でじっとしてるしかないよ。」 - 多くのオークランダー

「夜も暑くて、寝れないわ」 - キャンディ(うちのうさぎ)



どれだけ暑いかって気になりますよね。


なんと!!



昨日の日中の最高気温 32.4℃

夜間の最高気温 22℃



どこが暑いねん!




こんなんで暑いって言ってたら日本には行けないぞ!

しっかりしろ、ニュージーランド人!



とはいえ、僕も暑くてつらかった。

普段は夏といえども、湿度のない乾燥した気候、大げさに言うと

「すっきりさわやかコカコーラ」的に快適な夏を過ごしていたので、この湿気には参った。

日本の夏、金鳥の夏は無理と思いました。。。




そして、今日。



天気2

なんか寒いなあ、と思ったら

オークランドは24℃。


南島の一番下にあるInvercargillは最高でも13℃。


さむ~。


さっすがニュージーランド。


ジェットコースターてんぱらちゃ~。






本読み

2009
02/10
*Tue*



平林岳著 「パ・リーグ審判、メジャーに挑戦す」

book3



僕が子供の頃、スポーツと言えば野球だった。そして、巨人の試合しか野球中継が行われない地方に住んでいると、スーパースターはもちろん王選手。(大阪でも昔は巨人戦しか放映していなかった。)
原っぱでの野球は、みんな一本足打法だったし、小学生の夢は「プロ野球選手」だった。


平林氏も僕と同じ世代の人だが、彼の夢はプロ野球選手ではなく、プロ野球の審判。日本のプロ野球審判の職を得ることができず、それでも長年の夢をかなえるために、20代後半にアメリカに留学。審判学校で学び、マイナーリーグでの審判を経験。1992年 パ・リーグの関係者が視察で訪米した際にスカウトされ、日本に逆輸入される。長くパリーグでの審判をされていましたが、40歳になりアメリカメジャーリーグでの審判になること決意。安定した暮らしを捨てて再渡米。家族を日本に残し、薄給のマイナーリーグ審判からメジャー審判になるまでの歩みや日本とアメリカの野球の考え方の違いなどを綴った書。

若い頃一度だけ、ニューヨークのヤンキースタヂアムで観戦をしたことがあるが、青々としたフィールドと、開放的な雰囲気に飲み込まれました。 日本の球場で働くのと、アメリカのボールパークで働くのとでは、いろんな意味で違いがあるでしょうね。こういう本に出会うと、すごく元気をもらえます。






金本知憲著 「覚悟のすすめ」

book4


昔は鉄人といえば、カル・リプケンであり、衣笠祥雄だった。今は鉄人と言えば、阪神タイガースの主力選手で、フルイニング出場世界記録を続けている金本選手。

あいにく僕がニュージーランドに移住してから阪神に移籍したので、生で活躍している姿はあまり見たことがなくて、いつもネットの記事で活躍をチェックしています。


「怪我も人に言わなければ怪我ではない。」 幾多もの怪我に見まわれながらも、怪我を隠して試合に出続ける彼は、「一生懸命頑張る。」という言葉を数段超えた、「とことんまでやり続ける。突き詰める。という覚悟を決めて」試合に臨んでいます。本を読んで気づいたけど、この人と僕はまったく同じ年齢です。僕もこの本を読んで、仕事に対する覚悟を決めなおしました。






青木照夫著 「いま、なぜ武士道なのか。」

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のだめカンタービレに出てくる黒木くんというオーボエ奏者は、周りから、「彼は武士みたいだ。」と言われています。その落ち着いた佇まいと、燐とした気迫(?)のせいでしょうか?
「武士みたい。」なんて言われるのは、うらやましいけど、イメージ的には、「背筋を常に伸ばして、どんな時でも、崩さない。」って感じ。うーん、きついかも。
昨年の11月に、約4年ぶりに弟と再会し、酒を飲んだ。 「こんな本を読んでるねん、おもしろいで。」と教えてあげたら、ある企業の神戸支店長をやっている彼は、「リーダーになると、助けてくれる精神論が必要やからな。」とぽつり。 確かに組織を離れて起業をしてしまうと、叱ってくれる上司の存在もなく、それまでの社会経験と、新しい知識の吸収、そして自分を激励する力が必要になってくる。僕も知らないうちに精神論を求めていたんでしょう。そういう意味で、この本はかなりおもしろく読めました。






嶋田紳助著 「ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する」



book2


年末に我が家に遊びに来ていた高校生の女の子が、紳助のことを 「紳助さん」 と呼ぶのでびっくりした。
どうして「さん」づけで呼ぶのか聞いてみたら、「だってTVを見てると出演者の人がみんな紳助さんって読んでるもん。」とのこと。けれど、さんまやたけしには決して「さん」はつけないそうで、彼女の友達の間でも、「紳助」だけが「紳助さん」なんだそうです。高校生に「さん」づけで呼ばれる紳助は、すでにお笑いの域を超えて、人から尊敬されるポジションにいるように感じますね。

紳助のビジネスは、あくまでも「副業」の域であり、「自分が楽しいと思えることに投資し、信頼できる友達にその運営を任せる。」というスタイルをとっています。もちろんレストランやバーなどには、彼のアイデンティティがふんだんに盛り込まれています。

「働いている従業員が楽しいと思う場所でなければ、お客さんも絶対に楽しいとは思わない。」

確かにその通り。







「必携 お経読本 改訂版」

book5


大学生の頃、酒飲みでインテリの先輩がいて、「南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経の違い」について教えてくれたことがある。そのときは酔っ払っていたので、何のことかさっぱり分からなかったのだけど、新潟から富山まで普通列車で一人旅をしていたときに、日本海に沈む冬の夕陽を見たときに、どうして農民の間で「南無阿弥陀仏」が流行ったのか、なんとなく分かったような気がしました。

その後、ガンにかかった松田優作が、「写経」をしていたという話を本で読んで、いつかは自分も写経をしてみよう、と思い続けて早や20年近く。(動機がいつも適当。)

考えてみたら、お経ったって、いろんな種類があるし、何についてモゴモゴ言ってるのか知らない。帰国した際にドーチカの本屋でこの本を見つけ、即購入。

「舎利仏」って、お釈迦さんの弟子の名前だったんですね。






阿古真理著 「ルポ 「まる子世代」 」


book1





1964年~69年に生まれた世代を「まる子世代」と位置づけ、その人たちが生きてきた時代の社会の動きと、女性の生き方について書かれたルポルタージュ。つまり、今流行りのアラフォー世代ってことですね。 
大阪万博に連れて行かれた写真が必ずアルバムに貼ってある世代です。バブルで世の中が浮かれている頃に社会人になって、「ボーナスはもらえて当たり前。」と思っていた世代です。「ふつうが一番。」と親に言われた世代です。

この作者は僕と同じ年で、しかも僕が通っていた大学のすぐそばにあった女子大に通っていたようです。ということは、同じ電車に乗ったこともあるだろうし、もしかしたら僕の友人の誰かと知り合いかもしれない。そう思うと、妙な親近感が沸いてきます。












恐るべし中国人パワー

2009
02/07
*Sat*

2月6日(金) Waitangi Dayに、アルバートパークで開催された中国人コミュニティ最大のお祭り

「Lantern Festival」を見に行ってきました。



中国の旧正月を祝うこの行事は、毎年2月に行われており、年々パワーアップしているようです。

2002年に行って以来、7年ぶりに訪れたフェスティバルは、記憶の中にあったフェスティバルの

何十倍もスケールが大きく、見物客の多いものでした。




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「かわいい」という言葉の範疇は明らかに超えています。

けれど、地味なニュージーランドで暮らしていると、「夜のキラキラ」はどんなものであれ、

無条件で、「うわ~っ」と喜んでしまう体になってしまっています。

(ああ、もう元の体には戻れないのか。。)

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空に浮かぶスイカたち。



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迷子コーナーもこの通り、電飾人形がお待ちしております。


政府要人


ジョン・キー首相を初め、政府要人も多数招待されてました。







このイベントの開催されたアルバートパークは、オークランド大学に隣接しています。


(オークランド大学って、世界大学ランク50位あたりにいるんですよ。
実はとってもレベルの高い学校なのです。)



その公園と大学に挟まれた道が、屋台村となっていました。



屋台2


すごい人並みで前に進むのが一苦労です。



屋台1



NZでこんなに人混みがあるのは、

ラグビーが終了した時の、スタジアム出口くらいです。




屋台3

人混みを離れて裏から眺めてみると、まるで香港の女人街のような混雑。


楽しいです。




おっと、屋台の裏側発見!



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いっきにマイ・ボルテージアップ!!


ランタンもいいけど、こういうのを見るのも楽しい!!



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さすがチャイニーズ。


屋外であろうと関係なく、油ものもガンガン作っちゃいます。



早い、うまい、安い 

がモットーのチャイニーズ料理です。

屋台といえども、あなどれません。



屋台7


東南アジアの熱気を感じます。




そして、この夜、僕の心を最も熱くさせてくれたのは、


小林旭か、宍戸錠のごとく、


左足を台に乗せて、油物を揚げてる兄ちゃんだったのだ。




屋台8 



中国人パワー 恐るべし。

月に住もうか。

2009
02/04
*Wed*
ちょっと前に月に土地を買ったので、(えへん) 

不動産会社から証明書が届いた。


月

(家内名義のため、名前は隠してあります。)


しゃれにしてはなかなか立派なものです。




そして、購入した土地の写真も入ってました。






月2


赤く囲んである場所が、購入した土地です。


自慢じゃないが、1エーカーです。


近くには大きなクレーターもあるようなので、休日にはクレーター散策も出来そうです。


どんな家を建てようか楽しみだなあ。


あっ、その前に、現地に行って日当たりを確認しなくちゃ。


日本だと南向きの家がいいけど、ニュージーランドでは北向きがいいんですよね。


月だとどっち向きがいいのかな?


もしかして、日当たりのいい時って、地球は見えないってこと?


夜に地球が見えるのかな?




家を建てたら、皆さんを招待しますね。


交通費は各自負担、お持ちいただくお土産は酸素ボンベということで、よろしく!


月3

月に土地を買ったために、市民権まで手に入ってしまった。


キャンディの乱

2009
02/02
*Mon*
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キャンディ7

キャンディ3

キャンディ1

うさぎのキャンディとの2人暮らしもあと僅かとなった、ある日の朝。


いつものように、小屋から出して少し遊んであげた後、僕は自分の朝食を作るためにキッチンへ。

キャンディはいつもはその辺りを走り回って、飽きるとべたっと体を伸ばしてのんびりしている。

入ってはいけない部屋は、占めておくので僕も自由にさせていた。

ところが、その日だけはついうっかり、キャンディが入ってはいけない部屋のドアをあけっぱなしにしていた。

朝食が終わってそのことに気づいた。



その部屋は、PCの置いてある部屋。

以前、2回もスピーカーのコードを噛み切られるということがあったので、それからはいつも注意していた。

ところが、その部屋をうっかり開けっ放しにしていたのだった。


そこで、僕が見た惨状は。。


ああっ、、、、



言葉にならない。


数本のコードをかじり、得意そうなキャンディ。



絶句。



そして、怒り。



うおぉ~~!!



部屋をうっかり開けていた自分が悪いのは分かってる。だけど、この状況を見たら、怒りにうちふるえてしまった。




新しいものに買い替えたので、気持ちを切り替えようと努めていますが、信頼をしていたのに、(一方的に?) 裏切られたようで、少し悲しい今日この頃。


まるで、明智光秀に謀反を起こされた信長みたい。




スピーカー、キーボード、マウス、そしてモニターケーブル。

キャンディ4

キャンディ5

ざっくりとやられました。


プロフィール

Toshi

Author:Toshi
旅行の仕事で世界をまわるうちに、海外に住みたいという思いを募らせ、2001年に家族とともにNZに移住。ワーホリサポートエージェント勤務を経て、2005年独立してオークランド留学センターを設立。
海外添乗、海外移住、海外起業、、、、若い頃には思ってもなかった人生を歩んでいます。
海外でのビジネスは、山あり、谷ありだけど、家族や友人に支えられてまだまだ頑張ります☆
今年も「開花」を目指してポジティブに頑張ります。



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