08
2
3
4
5
6
11
12
13
15
18
19
20
21
22
23
24
25
26
30
31
<< >>

This Archive : 2007年08月

スポンサーサイト

--
--/--
*--*
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

月蝕見たり!

2007
08/29
*Wed*
昨日は月蝕でしたね。
ここオークランドでもそれはそれは美しい月蝕を見る事が出来ました。
夜9時から約1時間のショーでした。

日中は曇っていて、さらに夜には大粒の雨、そして風。
「こりゃだめだ。」と思っていたところ、なんと8時半頃には
雨も上がり、風がどんどんと雲を追いやり、それはそれはまぶしいお月様が顔を出したました。

狼男も吠えたくなるような美しい月をアップで見ようと、天体望遠鏡を即効でセットアップ。
天体望遠鏡
我が家には何故かチビ天体望遠鏡がある。だけど使い方をイマイチ理解していない。
ちゃんと見えるのは月だけ。


そして9時頃、月の真下から陰りはじめました。

太陽 → 地球 → 月

と3つの天体が直列して出来る月蝕。 ちゃんと見たのは多分人生で初めて。
肉眼でもはっきと分かりました。
そして最後にはぼんやりと明るいオレンジ色に変わりました。
きれいでした~。

日本の皆さんは月蝕は見えたのでしょうか?

月蝕

写真提供:New Zealand Herald

(月蝕=The Lunar Eclipse)
スポンサーサイト

世界陸上

2007
08/28
*Tue*
Category:日本のこと
 なんと世界陸上が日本で行われているではないか!しかもマイホームタウンの大阪で。
ニュージーランドの女子選手が砲丸投げで優勝したというニュースを見て初めて知った。

 「暑い暑い」って言ってる日本で世界陸上するなんて信じられない。
よく選手もやるよなあ。 日本選手はどうなのかなあ。日本って国挙げてのイベントが
好きだからテレビも盛り上がってるんだろうなあ。 
とぼんやりニュースを見ていたのだが、次の日になって、自分が過去に世界陸上に絡んだ
仕事をしたことを思い出した。

 1991年の東京大会のときで、ちょうど新入社員として旅行会社に入社して、東京に配属
された夏のことだ。
 勤めていた旅行会社が、プレス関係の手配を一括で請け負っていて、高級ホテルから
ビジネスホテルまで約20のホテルの部屋を押さえ、各国からやってくる記者たちに配分
していた。 金のある国からやってくる記者たちは赤坂プリンスや新宿周辺の高級ホテルに
泊まり、金のない国からやってくる記者たちは、格安のビジネスホテルに泊まっていた。
 
 私が配属されたのは水道橋にあるビジネスホテルで、横浜の寮から毎日電車に乗って、
水道橋まで通った。毎朝ホテルに到着すると予約係りの人と、今日やってくる予定の人数の確認をして、その鍵を貰い、フロントの横にある世界陸上関係者専用チェックインデスクに座り、
到着する記者の名前を確認し、鍵を渡すことが私の仕事だった。

 そのホテルは一番安いランクのホテルだったのでやってくる記者は、アフリカの国やアジアの国の記者が多かった。概して礼儀の正しい人が多かったが、時には大きな声で文句を言う人もいた。日本のビジネスホテルというのは、なんと言っても部屋が狭い。
彼らにとってみては高い金を払って、狭い部屋に泊まらされるものだから、当然文句のひとつも言いたくなる。こっちも申し訳なく思うが、部屋のサイズを大きくすることは出来ないので、日本のホテル事情を説明して納得してもらうしかない。

 競技が進むごとに、本国からどんどん新しい記者がやってきて、何処のホテルも予定より多くの宿泊客が来ることになる。
ホテルによっては部屋数が足りなくなり、他のホテルに移動してもらったりしなくてはいけない。
 その時に知ったのだが、ホテルの部屋というのは表向きには「満室」と言っても、実際には使わない予備の部屋が何部屋か隠されていることだ。

毎日顔をあわせる予約係りのマネージャーに 「すいません、またGo Show(予約なく現れる)です。」とか「あっちのホテルがほんとに部屋がなくて、こっちでなんとか出来ないかって上司から電話がかかってるんです~。」と泣きつくと、
もごもごと台帳をめくり、「うーん、ここの部屋を出すか~。」と言って、コンピュータ上ではないはずの部屋が出てきたりする。

 「そうか、そうなのか!ホテルには必ず隠し部屋があるのか!」と知ったのはこのときでした。
心優しいマネージャーさんが、控えめに笑いながら説明してくれたのがとても懐かしい。 

あの夏はカール・ルイスが100メートルで世界新を出し、走り幅跳びでパウエルが世界新を出した。
今年の世界陸上はどんな記録が出るのだろうか。楽しみだ。

6年半の世界旅行

2007
08/27
*Mon*
僕のニュージーランド渡航とほぼ同じ時期に世界旅行へ旅立った友人夫妻がいる。
2001年の4月のことだから、もう6年半だ。
彼は19歳くらいからの知り合いで、厳密に言うと大学の先輩であるが、1年だぶったことや、大学4年生から就職しての2,3年目にかけてかなりの密度で行動をともにしていたので友人と呼んで差し支えないだろう。
若き日のおろかなお互いの過去もよく知ってるし、奥さんとの結婚式のアレンジも手伝ったし、世界旅行へ出かける前の準備運動のようなベトナム旅行のチケット手配も手伝ったりした。

彼らはこの6年半、東南アジア、中央アジア、ヨーロッパ、ロシア、アフリカ大陸、そして南アメリカの各国をまるで蟻が這うようにゆっくりと時間をかけて旅行をしてきた。
彼らの旅のテーマは「釣り」で、その土地土地で釣りをすることだった。
「世界の釣りの本を書いてやな、それこそ開高健も足元に及ばないような釣り記を書いて、一儲けするんや。」と最後に会ったとき(2001年2月)に言っていたのを思い出す。
そのとき、僕もニュージーランドに移住する間際だったので、「10年前大阪の商店街で、パチンコばっかりしていた俺らが世界に出るなんて、すごいなあ。」と笑いあったものだ。

その後彼らがどこをどう旅してきたかは知らないが、時々メールで近況を報告してくれたり、
「ニュージーランドはまだ遠い。でもいつか行くね。」と魚の写真が添付されたメールを奥さんからも貰ったりしていた。
去年あたりからはブログで旅の様子を綴っていたが、昨年末を最後にしばらく更新が途絶えていた。
もっぱら奥さんがブログの更新をしていたが、どうも体調を崩したようだ、というのは文面からはかり知ることができた。

そしてとうとう彼らの世界旅行も、恐らく彼らにしては「道半ば」にして一旦区切りを付けることになったようだ。南アメリカで体調を崩した奥さんの具合が良くならないので、日本に帰国することを決めたというメールがつい先日届いた。

そして思った。

どんなふうに生きようとも、その瞬間は自分の人生の歴史の断片に過ぎない。けれど、その断片を積み重ねてこそ今があるから、なんでもやっておいたほうがいい。途中で道を変更することになっても、それはそれでOK. 馬インフルエンザも、サブプライムローンもくそ食らえだ。
砲丸投げでNZの女子選手がメダルを取ることだってある。

世界を旅した彼らの生き方がどうかなんて知らないが、人がしないようなことを、(あるいは人があきれることを)好きなようにしてきた彼らにお疲れさんと言いたい。 


そして、もう一言。「俺はまだしばらくニュージーランドにいるけど、いつになったら来るねん?」


エルビスの思い出

2007
08/17
*Fri*
ゆうべニュースを見ていたら、エルビス・プレスリーが死んで
ちょうど30周年ということで、Memphisの街に多くの人が訪れていることを知った。
そして突然に、段ボールに入れて倉庫の奥深くにしまっていたような記憶が蘇りました。

1996年だったと思うが、会社の短い夏休み休暇を利用して
“音楽の旅”と称したアメリカ一人旅をしたことがある。

デトロイトで乗り換えてメンフィスに行きブルースを、そこからバスでナッシュビルに行き
カントリーミュージックを、そしてまた飛行機に乗ってニューオリンズに行ってジャズを聴く。
という、結構ゴージャスなルートを計画した。


そして最初に着いたメンフィス。時間はすでに夜9時。

宿を予約していなかったので、安宿を探したがどこも満室。
歩きまわっているうちに、たくさんの観光客が「らぶみ~てんだ~♪」と騒いでいる。
片言の英語で何事かと野次馬に聞いて、ようやく今夜がエルビスの命日であることを知った。
メンフィスに行くくせにそんなことも知らないのは、エルビスに興味がなかったからだ。
「うかつだったなあ。調べときゃよかった。。」と後悔しながら、蒸し暑い夜に宿を探して歩きまわった。
始めての土地で、時間も遅いし辺りは暗いしで、すごく不安だった。

11時を過ぎて、ようやくホリディインに部屋を見つけることが出来た。
もちろん予算を遥かに上回る宿泊費だったが、べっとりかいた汗をシャワーで流し、
冷えたビールを飲んだときは気持ちよかった。
真っ暗な窓の外を眺め「こんな日に死ぬなよな~、エルビス」と呟いたのは言うまでもない。

と、ここまでが私にとってのエルビス。

メンフィスで聞いたブルースやニューオリンズのフレンチクォーターで
聴いたデキシージャズよりも、エルビスの命日のせいで、
メンフィスの街を夜遅くまで宿を探して歩きまわったことがこの旅の思い出というのも笑えるもんだ。

そういえば小泉前首相がエルビスのファンだったっけ?
ニュースでそんな映像を見たような。。。

クラシックな夜

2007
08/16
*Thu*
ゆうべは日本領事館の主催で行われたMusic Fair of Japan 2007という
音楽会に行ってきました。
日本で有名なピアノ、バイオリン、ソプラノの音楽家3人を招いてのクラシックコンサート。
会場は街の中心にあるタウンホールという歴史的建造物のコンサートホールでした。

クラシックに明るくない私ですが、どの曲も心のこもった演奏でとても素晴らしく、
とてもいい気分になりました。 

bs



ピアノ演奏の中に私好みの曲があったのですが、家内にドビュッシーの作品だ、
と教えてもらって納得。

アル・パチーノとミシェル・ファイファー主演の大人の恋愛映画
“恋のためらい フランキー&ジョニー”のクライマックスのシーンで
繰り返し演奏され、とても印象的で好きになったドビュッシーの「月の光」。
氷のように固まった悪夢が月の光で少しずつ溶けていき、最後には溶けた水に月の光が
射して幸せがやってくる。と個人的にはそんなイメージを持っているのですが、
そんなことを思い出せたのも、このコンサートを見にいくことができたからですね。
ラッキーな夜でした。

ds
私はすぐに帰りましたが、一緒に行ったメンバーは、コンサートの後に
焼肉食べ放題に行ったそうです。 うらやましい。





Sylvia Parkで

2007
08/14
*Tue*
オークランド郊外にあるSylvia Parkは、180以上の小売店舗とレストランや映画館、
ジム、ビジネスセンター、スーパーマーケットを兼ね備えたニュージーランド最大の
ショッピングセンター。駐車スペースは3,000台以上もあるそうだ。

特に用事のない週末の午後にぶらぶらしに来るのに最適で、他のショッピングセンターで
見かけない衣料店や小物店を眺めるだけで、あっという間に時間が過ぎてしまう。

私の訪れた土曜の午後はあいにくの雨模様だったが、そのせいもあってかすごい賑わいだった。

Sylvia park2


Sylvia Park


ショッピングセンターには必ずアイスクリームショップが2,3店舗入っていて、
普段は甘いものを食べない私だが、歩き疲れたときには休憩がてらアイスを
購入してしまいます。
1スクープ$2.80のクッキー&クリーム。これが最近のお気に入り。
アイス



春の訪れ

2007
08/10
*Fri*
向かいの家の木蓮が花を咲かせ、
毎朝庭の木にやってくるBlack BirdやFantailといった鳥たちのさえずりが、はっきりと耳に聞こえる。
まるで歌うように軽やかなさえずりを聞いていると、こっちまで楽しい気分になってくる。

風は穏やかで、太陽の光は優しく、ワイテマタ湾を行くヨットや、まっすぐ伸びる飛行機雲を
見ていると、「ああ、もう春なんだなあ。」と感じます。

1年の半分が終わって、さあもう一度ネジを巻き直して新しいことに取り組もう。
そんなふうに思う春先の日々です。


c-1



20代女性よ旅に出よ!

2007
08/09
*Thu*
Category:留学
2006年JTB海外旅行レポートによると、2000年に417万人いた20代女性の海外旅行者が
2006年には297万人に減少したそうだ。
(どうりでニュージーランドにも若い日本人女性が少ないわけだ。)

しかも20歳代後半が152万から100万人と大きく減退。

その一方で、団塊の世代と呼ばれる層を中心に中高年女性の渡航者は顕著に伸びてるそうです。
中高年が伸びるのは理解できますが、まさか20代の女性がこれほど減退しているとは驚きました。

私の経営しているオークランド留学センターのお客様の半数以上が20代後半から30代の女性であることから、このレポートはとても意味深いものです。

その話を知人の女性(30代前半)にしたところ、
「この世代の女性は働いてたらお金をしっかりもらってるし、わざわざやめて海外留学に来る人
少ないんですよね~。それに結婚とかいろいろあってビミョーな時期ですから。
海外旅行だって、あんまり魅力ないんでしょうね。」 

「そうだよな~。」と納得はするものの、何故か寂しい。

“海外に出る”ということが特別でなくなった昨今は、若い人たちは自分のポジションを確保し、
そして夢を持って日々を過ごしているのだろうか。
(私が海外に出たくなったときは、半分希望に満ちて、半分ネガティブに、「ここではない何処かへ。」行きたかったからで、えらそうな事はなんにも言えないけれど。。)

だけど、旅行によって気分がリフレッシュしたり、新しい活力になるのは間違いないので、
可能な限りどんどん海外旅行をしたほうがいいと思う。

そして普通の海外旅行に満足しない時は、ホームステイを経験したり、英語学校に通ってみたり、
予定を組まずに旅行をしたりしてみませんか?

いろんなことが何とかなるし、空気がおいしく、人が優しく、空が青くて大きい、
「思いのほか」楽しいのがニュージーランドです。

Sheep


ハーバーブリッジ

2007
08/08
*Wed*
アメリカのミシシッピーで起きた橋の惨事はニュージーランドでも大きく報道されました。
あれだけ大きな橋が一瞬に崩れ落ち、たくさんの人が被害にあったことは、
オークランド市民にとっても人事ではありません。

オークランドは海に囲まれた街のため、向かい側の町とのアクセスに橋の利用は欠かせません。
この街で一番大きな橋 Harbour Bridge はオークランド中心街と北側のNorth Shore Cityを結ぶ重要な橋です。

1959に車専用の4レーンで開通しましたが、交通量の増加に伴い、1969年、日本の石川島播磨重工の協力により、両サイドに2車線づつ増やす工事が行われました。
この工法はクリップオン方式と呼ばれていますが、日本企業の協力で出来たため、
「ニッポンクリップオン」というニックネームで知られています。
2006年は1日平均16万8千台の車が利用したそうです。

新聞では、この橋が毎日厳重に点検されていることが書かれていましたが、
何が起こるか分からない昨今、私たちの生活は自分の力で防ぎようのない事故や災害に
囲まれているのだと改めて考えさせられました。

ハーバーブリッジ

My Ramen in theTappa

2007
08/07
*Tue*
Category:食べ物
英語学校の空き教室を使ってオークランド留学センターの業務を始めたとき、
その教室のすぐ脇はキッチンでした。
ランチタイムになると、学生が持ってきたランチを暖めて食べるのですが、
毎日すごいでんすよ。

匂いが。

その匂いは間違いなくAsianな匂い。(分かる人にはわかる。)
なんせ語学学校には圧倒的にアジア人が多い。 多分どこの学校もランチタイムには
キッチン周辺にアジアンフードコート臭が漂っていることでしょう。
その匂いの最たるものが、「ラーメン」。 しかもカップラーメンじゃなくて、袋入りラーメン。

どうやって食べるのか見ていると、タッパにラーメンと沸騰したお湯を入れてレンジで数分チン
するんです。 これでお鍋でゆでたようにラーメンが完成します。
上級者になると、野菜や卵まで入れてタンメンを作ってしまいます。

衝撃でした。

それ以来、その作り方のコツをしっかり習得した私は、良くないと分かっていても
即席ラーメン摂取量が増えてしまいました。

ラーメンセット
これが一般的なラーメン作りセット。蓋のしまるタッパが望ましい。
(出前一丁はチャイニーズマーケットで購入。$1.20)
同じフロアにあるSheffieled English Schoolの日本人カウンセラー裕子さんは、
なんとラーメン作り専用の丸いタッパを持っている達人である。



怪しい日本語パート4

2007
08/01
*Wed*
 ラグビーワールドカップの開催まであと37日。今年はフランスで開催されるんですよね。
NZに来てからラグビー好きになった私としては、一応ウェブをチェックして試合日程などを
確認していますが、やっぱりフランスっていいですね。
歴史があるし、華やかだし、食べ物はおいしいし、「フランスに遊びに行く。」ってことになると、
周りも「おおっ」って感じで尊敬してくれる。(わけはないか。)
 
 私にとってフランスと言えば、もちろんソフィー・マルソー。中学の時に「ラ・ブーム」という
フランス映画をみて、すぐにファンになりました。最近は見ないなあと思っていたら、
知り合いから借りた「ハケンの品格」を見てたら、テレビCMに出ていたのでびっくりしました。
相変わらずウツクシイですね。 
 

 で、フランスと全然関係ありませんが、チャイニーズショップで見つけた怪しい日本語標記。
今回で4回目。作り手側もレベルアップしてきているのか、これは!っと思うような怪しさを見つけるのは
なかなか大変ですが、どうぞご覧ください。

金貝殻ケーキ
伝統の貝殻ケーキです。日本語は間違っていませんが、
「黄金色のおいしさ、ゆったりと薫り続ける・・・」って意味が???

栗一派
オー・イェーイ!俺たち栗一派!

アンチックな黒砂糖米ミルク
アンチックでありながら、単に黒糖ミルクではなく、
米ミルクというところがこの商品のこだわりなのだろう。

くろさとうみじゃん
もしかすると、上の商品と同じような中身なのだろうか。みじゃん!

のりライスせん
「べえ」までつけて下さい。(ヒロシです、風に)

ちんみ
世界に自動翻訳なんかを使うとこういう文章になっちゃうんでしょうね。



プロフィール

Toshi

Author:Toshi
旅行の仕事で世界をまわるうちに、海外に住みたいという思いを募らせ、2001年に家族とともにNZに移住。ワーホリサポートエージェント勤務を経て、2005年独立してオークランド留学センターを設立。
海外添乗、海外移住、海外起業、、、、若い頃には思ってもなかった人生を歩んでいます。
海外でのビジネスは、山あり、谷ありだけど、家族や友人に支えられてまだまだ頑張ります☆
今年も「開花」を目指してポジティブに頑張ります。



最近の記事



最近のコメント



FC2ブックマークに追加する

FC2ブックマークに追加



FC2カウンター



月別アーカイブ



リンク

このブログをリンクに追加する



Twitter



ブログ内検索



RSSフィード



Copyright © NZの話 Late for the sky All Rights Reserved.
テンプレート配布者: サリイ   素材: ふるるか  ・・・ 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。