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This Archive : 2007年03月

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1/4終了

2007
03/31
*Sat*
あっという間に3月が終わった。つまり1年の4分の1が過ぎた。

今月は、すべての週末も働いたので、まさに皆勤賞。
空港送迎を何回もしたし、団体が到着して田舎町まで出張もしたし、
担当の学生が怪我で入院して、病院に詳しくなった。

忙しく立ち回れるということは、家族やスタッフ、関係者皆さんのサポートがあってこそ。感謝、感謝。
4月はいろんな意味で、新しい1年の始まりなので、どんなことが起こるか、これもまた楽しみです。


牛
田舎道で右の牧場から左の牧場へ移動中の牛たちに囲まれました。
羊と違って体が大きいので、恐怖を感じますよ~。
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満足競争

2007
03/20
*Tue*
Category:日本のこと
私の手元に「関西発 JTB旅物語 国内旅行 2007年3月号」という雑誌がある。

「日本に戻ったらどっかに行きたいなぁ。」という知人のリクエストに
答えて、彼女の母親が荷物と一緒に送ってくれたそうだ。
その人は興味がないとのことで、譲り受けたわけだが
夕刊の隅っこに載ってる旅行広告を見るだけで、コーフンする私に
とっては、発狂ものの雑誌である。

「旭山動物園とオホーツク最北紀行3日間」
◆日本最北の動物園 話題沸騰!旭山動物園
◆流氷を間近に体験 流氷砕氷船「ガリンコ号」クルーズ
◆稚内→旭川間 バスなら約6時間のところをスーパー宗谷なら約3時間でビューン!
◆2日目のご夕食は北海道オホーツク産さいはての醍醐味 4大ガニ食べ比べ!!
 【タラバガニ・毛ガニ・花咲ガニ・ズワイガニ】
なんと飛行機往復に、宿もついて1人49,800円~!

「かにかに合戦三朝温泉 2日間グレードアッププラン」
山陰の高級旅館に泊まって、観光もついて
14,800円~!
なんと夕食は松葉かに一杯付のかに会席

「ホテル東洋館に泊まる雲仙・長崎・九十九島2日間」
基本プラン往復新幹線のぞみ号利用でラクラク
★雲仙屈指のホテルに泊まってこの価格
★1名様からご参加できます。
19,800円~!

ぱらぱらめくっては、じーっと行程表や、露天風呂の写真、料理の写真を
眺め、はぁーっとため息の繰り返し。
得に山陰方面の旅行は私の大好きな 「カニ」が主役を張ってるので、
いつまで見ていても飽きない。

1週間くらい、暇な時は見続けていてのだが、(←馬鹿ですねぇ)
せめて、何か「日本人の旅行、ニュージーランド人の旅行」 
と定義を語れることはないのか!?と自分を責めてみる。

そこで、ニュージーランドの最大手新聞、The New Zealand Heraldの
旅行コーナーをチェック。(ニュージーランドの新聞は、日替わりで折込み
特集記事がついてくる。)

国内旅行に関するものは ホテルの値段が記載されているくらいで、
日本人がするような団体旅行はまったくなし。
一方、海外旅行は日数をたっぷりとったパッケージの団体旅行が販売されている。

ミャンマー19日間 $5,900
トルコ周遊23日間 $6,780
ロシア周遊20日間 $12,200
北アメリカ周遊22日間 値段未記載
また、ニュージーランド周辺の島々へのクルーズ旅行も1週間程度から販売されている。
行き先と値段が書いてあるくらいで、細かいことはよく分からない。

しかし、どちらもシニア層を対象にしたツアーなので、比較がしやすいと思うのだが、
あきらかに、“旅行の満足度”に関する基準が異なっている。

日本→ 「短い日数で、いろいろ見て、おいしいものを食べて、いいホテルに泊まる。」
ニュージーランド → 「長期で、ゆっくり見学して、なるべくたくさんの町を訪れる。」

う~ん、これではあまりに一般的すぎる。

もっと突っ込んでみよう。

「日本人の商品に対する満足レベルは、木に例えると形に満足するだけではなく、
1本1本の枝ぶり、葉の色まで細かく分かれていて、すべてにおいて高品質を求める。 
その満足レベルは、実は購入者が作ったレベルではなく、
供給側の過剰競争によって生み出されるものである。
つまり、人口の多い日本だからこそ、供給側の競争が激しく、その競争から
クオリティーの高いものが生まれる。
一方ニュージーランドでは、人口の少ないため、供給者による過剰サービス合戦が存在しない」
という考えが出来るのではないだろうか。

ニュージーランドに住んでいると安くて質のいいユニクロの服や、
何でも揃う100円ショップ、1コインで食べれるレストランなど、
安くて質のいいものが恋しくて仕方ありません。
けれども、なければないで、我慢できるようにも変わっていけるのも事実です。
旅行パンフ
それにしても、日本の旅行会社の作る旅行というのは、安くて、楽しそうですねえ。

3月18日でディライトセービングが終了し、日本との時差は3時間に。
風も冷たく、すっかり秋模様となりました。




靴箱のひみつ

2007
03/15
*Thu*
私は気づきませんでした。



「ニュージーランドには、日本のような靴箱がない」
ってことを。



ニュージーランド人男性と結婚する友人が、
「結婚祝いは靴箱が欲しい」
というリクエストを出してくれたので、一緒に参加する友人を連れて、
いくつかの家具屋を見て回りました。

しかし、あるのは靴箱というより、「靴棚」ばかり。
靴棚
販売されているものも Shoe Rack と表示されています。
「うーっむ、彼女の言っていたのは、こんなものでいいのだろうか? 
日本のような靴箱なんか何処にもないぞ。」と思案していました。

しかし、家内の一発回答で疑問はクリアになりました。

「ニュージーランドには、靴箱はない。」

もしも、どうしても日本のような靴箱が欲しければ、本棚などを
改造して作ることになり、一般の家庭では、ワードローブの中に
靴を閉まってるそうです。

なるほど考えてみると、ホームステイを含めて、
いろんなニュージーランドの人のおうちを訪ねていますが、
玄関脇に日本のような靴箱があるのを見たことがありません。

子供のいる家は、玄関に靴が脱ぎ散らかしているし、
ちゃんとしてる家庭は、人目につかないところに閉まってるそうです。


我が家は本棚靴箱を利用しているのですが、私はなぜ本棚なのか
疑問も持たずにいました。
靴箱は高くて買えないのだ、と思っていました。

靴のことで思い出しましたが、ニュージーランドの人は靴のまま
家の中に入るくせに、裸足で外を歩いたりする変わった癖があります。

それから、日本だと玄関は一段低いですが、こちらでは同じ高さです。
(バリアフリー!)


たとえふかふか絨毯のおうちでも、必ずソファーなどのイスに座ります。
私は、家ではソファーがあるくせに床に寝転んでテレビを見ます。
我が家にニュージーランド人が遊びに来ても、床には座ろうとしません。


ここ数日で、いっきに気温が下がりました。
こたつの恋しい季節ももうすぐです。 寒~。

空港にて

2007
03/05
*Mon*
2月、3月は春休みということもあって、短期のお客様が増えるシーズンだ。

そのお陰で、ここのところ、ほぼ週末毎にお客様の出迎えで空港に通っている。
年間を通しても、おそらく70回以上は空港に行ってるのではないだろうか。
これだけ頻繁に空港に行ってると、いくつかのパターンというものが見えてくる。

例えば、到着ロビーに出て来るアジア人が、何処の国から来た人か?

日本人を見つけるのはスーツケースを見ればいい。サムソナイトに代表される
ハードカバーの立派なスーツケースを持っている。
荷物カートにカバンと一緒に段ボール箱を運んでいる人や、
ちびまる子ちゃんのお母さんのようなパーマ頭の中年女性は韓国人。
やけに派手目で肌の露出度の高い服を着てる女の子や、
麻袋がスーツケース代わりのおじさんは中国人。

その他、ゲイカップルかどうか、パシフィック系の家族愛がどれだけ強いか、
息子夫婦を出迎える老夫婦のぎくしゃく感、なんてのも、なんとなく分かるようになってくるから、
おもしろいものだ。


遠い土地からやってくる人、故郷に帰る人、まだ見ぬ土地に出かける人。
空港はいつも「非日常」の時間を過ごす人で溢れている。


さて、人の往来の激しいオークランド空港だが、ターミナルを出ると
女性の銅像が建っていることに気がつく人も多いだろう。
Jean Batten

Jean Gardner Batten


ニュージーランドの航空業界のことを語る上で、欠かせない人物で
空港ターミナルの中にも、彼女の業績を讃えたコーナーがあるし、
空港近くには、彼女の名前が付けられた小学校まである。

彼女のヒストリーを拾ってみるとこんな感じだ。



1909年、ロトルアに生まれたJeanは20歳の時、将来パイロットになるという夢を持つきっかけとなったオーストラリア出身の男性と知り合う。 Charles Kinsford Smith イギリスからオーストラリアまでの単独飛行を成功させ、オーストラリアの英雄的パイロットで、彼の名前は今もシドニー空港の愛称として知られている。

彼の飛行機に乗せてもらうなど交流を深めたJeanだが、翌1930年、母親と一緒にロンドンに旅し、ロンドンにある航空学校に入学する。
しかし、商業用のパイロットライセンスに満足しなかったJeanは、Charlesがしたのと同じように
単身オーストラリアへの飛行を思い立つ。

中古機(愛称:Gypsy Moth)で、飛行に挑戦したが、飛べたのはカラチまで。
2回目もやはりGypsy Mothで挑んだがローマで断念。

彼女の飛行が成功したのは3度目の挑戦、1934年の5月だった。
単身飛行を成功させただけではなく、それまでAmy Johnsonが持っていた
イギリス-オーストラリアの飛行記録を破ったことで、彼女は一躍、時の人となる。

しかし、それよりもニュージーランド人の心に最も印象深く心に残っているのが、
1936年10月に達成されたイギリス-ニュージーランドの単身飛行だった。
到着するJeanを一目見ようと6,000人を越える群集が、当時原っぱにすぎなかった
現在のオークランド空港の地に集まった。


14,224マイル、11日間と45分。
単身飛行の記録として、その後44年間破られることがなかった大記録である。


無線がなく、地図とコンパスと、そして自分の目が頼りの、極めてシンプルな
飛行であることを考えると、記録の前に、目的地に到着すること自体が
大変素晴らしいことであるのが分かる。

この他にもJeanは、イギリス-ブラジル(1935年、61時間と15分)
イギリス-オーストラリア(1936年 5日間と21時間)、
オーストラリア-イギリス(1937年 5日間と18時間15分)
といった単身飛行を成功させている。

第2次世界大戦中は、専ら赤十字活動に専念したが、
なぜか終戦以降も2度と、飛行機を操縦することはなかった。

イギリスをベースに世界各国で暮らしてきたJeanだが、1930年にニュージーランドを
後にして以来、ニュージーランドに住む事はなく、ニュージーランドで暮らしていた母親が他界した1965年が、最後のニュージーランド訪問となった。


生涯結婚することもなく、1982年11月22日 スペインのMajorca島でたったひとりぽっちで、寂しくこの世を去ったJeanの遺体は、貧民地区の墓に葬られ、その事実はその後5年間、誰も知らないままだった。

航空界に輝かしい記録を残し、ニュージーランドの人たちの心に残る人であったにも
関わらず、単身飛行と同じように、人生も最後まで一人だった。

彼女の功績を讃え、遺灰はオークランド空港に埋葬され、今、この空港のターミナルは
Jean Batten International Terminal と呼ばれている。

ターミナルの中には、彼女の著書 「Alone in the Sky」(1979年)
の中の文章が大きく掲げられている。
恥を忍んで、私流に訳してみる。
(原文は、ターミナル内の壁に大きく書かれているので、
すぐに見つけることが出来ます。)


「海を越えて、遥か遠き土地を目指す全ての飛行機乗りは、
男であれ、女であれ
その昔、まだ見ぬ土地を夢見て航海を続けた船乗りたちが抱いたのと
同じ炎を心の奥で燃やしている。」




プロフィール

Toshi

Author:Toshi
旅行の仕事で世界をまわるうちに、海外に住みたいという思いを募らせ、2001年に家族とともにNZに移住。ワーホリサポートエージェント勤務を経て、2005年独立してオークランド留学センターを設立。
海外添乗、海外移住、海外起業、、、、若い頃には思ってもなかった人生を歩んでいます。
海外でのビジネスは、山あり、谷ありだけど、家族や友人に支えられてまだまだ頑張ります☆
今年も「開花」を目指してポジティブに頑張ります。



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